赤峰幸生先生と横浜の行事(2024.8.12)
赤峰幸生氏のことはご存じの方も多いと思うが、どうお呼びすれば良いか非常に悩ましい。「ファッションディレクター」「服飾文化研究家」の他、ドクトル、マエストロ、ドン等々……。
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服飾の大家であることは間違いがないが、氏の場合単に服飾に関する深い造詣に留まらない。その背景として日本人の文化や生活様式の対する鋭い認識があって、実際にお会いすると一流の文化人、教養人の風格が感じられる方である。 初めてお会いした時は、昔読んだ推理小説「刺青殺人事件」の早川博士を思い出したものである。氏の叔父が社会学者の清水幾太郎というのも納得。 私は門下生でも塾生でもないが、ひねくれ者の私が「先生」と呼べる数少ない方である。
先月末、赤峰先生の誕生日記念パーティーのために横浜に出かけた。以前に1着作って頂いた縁で案内状が届いたためである。 地方暮らしで、長らく工場勤めだった私、この種の煌びやかな事にはとんと縁がない。
正直「怖いもの見たさ」的な興味があった。
パーティー会場に入る前に時間があり、久しぶりに横浜港に浮かぶ氷川丸を観光した。これは失敗だった。あまりの暑さでパーティーに参加する前から汗だくになってしまったのである。
ニューグランドという横浜港を見下ろすホテルに会場はあった。歴史の長い格式あるホテルである。
主役の赤峰先生は、黒のタキシードという完璧な装い。さすがという他言葉がない。
会場に集まる紳士淑女の面々の中には、英国の生地織元の社長、FORZA STYLEの編集長やファッションブロガーの方の姿もあった。赤峰先生仕立てのスーツを着ている方もかなりいる。ファッションそのものを生業としていると多いように見受けられる。仕事の必要があって(せいぜい手抜きと思われぬよう気をつけて)着ているだけの私とは根本から異なる気がする。世界が違う。
そんな中、たまたまテーブルでご一緒した方々に興味深い話を聞かせて頂くことができた。ワイシャツに用いる綿生地の織元という。妥協のない服作りをされる赤峰先生から発注を受けるくらいだから、技術は相当なものがあると思う。まだまだ日本の製造業には未来があると、感動を覚えた。
元々製造業から社会保険労務士に転身した私である。社労士になった初心を思い返す出来事だった。
私のごときが参加して良いのかなと思っていたパーティーだったが、有意義な時間を過ごすことができたのは大きな収穫だった。貴重な機会を設けて頂いた赤峰先生、また、同じテーブルで貴重なお話を聞かせて頂いた方には、改めて感謝申し上げたい。